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「The combination of stella influences日本語版」あとがき 05“The combination of stella influences Japanese version” Afterword 05

 だが、よく考えると——。Ebertin親子がなした「45」というのは、いうなれば「第八ハーモニックチャート」であり、もともと5×9……、すなわち3√5だ。それをさらに「3」で割った「15」というのは、東洋占いのすべての基盤である「河図洛書」に出て来る「どこからでもすべて足し合わせると15になる魔法陣」と同じナンバーなのである。さらに上下に6つ移動すると、必ずシンメトリーをなすのだが、この“6” は「完全数」であり、超弦理論では、宇宙と物質と空間の秘密をときあかす数列の一部をなしている、きわめて重要な数だ。そしてそれは、不思議なことに一切のアスペクトを拾えてしまえて、さらにそれをこの「 The combination of stella influences 」をもとに解読すると、不思議なくらい当たる。わたし自身が何度もその的中に驚愕し、実際、読者の方々からも驚きの体験談が寄せられているのだ。

 本当に、これどういうこと??

 わたしの探求は、この謎を解こうという方向へシフトしていった。2000年に超次元占星術Rが完成して、2017年にようやく重い腰を上げ、発表する気になるまで、実に18年の歳月であったが、この間わたしは、まさにこの「整数分割の謎」を解こうとして、もっぱら物理学書や自然科学書をひたすら読み込んできたのである。Ebertin先生、バルダーさん、そして門馬さん!! ねぇ、これ、物理学なんじゃないの? だから門馬先生は、あんなに占星術界から干され、相手にされず、心理占星術家を名乗る有名な、意地悪い男からあてこすられてもなお、「科学だ」と直感していたから、最後の最後まで、理解されない「コスモバイオロジー」を教えようとしていたのではないんですか?? ねぇ門馬先生、そうでしょ?? そうなんでしょう??? だから、最後にわたしに会いたいって言ったんでしょう——??

 そして、もうどれだけ本を読み、集めただろうか——。これは次第に、プラトンが言っていた宇宙像、ピュタゴラスの宇宙像そのものなのではないか、と思いいたった。そして音楽理論。中世の神秘家たちが追い求め続けてきた「天球の調和」であり、今やそれが「量子力学」とも関係あることがわかってきた。そして本書序盤でも登場する19世紀~20世紀初頭のドイツの医師たち、ホメオパシストたちが研究していたことが、Ebertonの占星術の根底、土台であったと確信するに至る。

 これはもう世界中の研究者と、研究を深めたい!! くだらない「占星術」ではなく「コスモバイオロジー」を!! 門馬寛明先生が、最後までコスモバイオロジーにこだわり続けたのは、まさにことのこだった!

 ところが、ドイツ語版の「 Thecombination of stella infuluences 」の、権利関係であると聞いた「CHIRON出版」社長に、エバーティン研究を継続している研究者がドイツ国内にもしいるなら、教えて欲しい、と、慣れないドイツ語で聞いたところ、社長から戻って来た返事は信じられないものだった。

 「Ebertinの仕事や研究は、今やドイツ国内ではほとんど顧みられていない。ドイツではすでに埋もれつつある」

 え?? うそでしょ? だってあなたがた、ドイツが産んだ偉大な占星術師ですよ??

 聞けば今、ドイツでも「古典ブーム」なんだそう……。皆、古典のしちむずかしい専門用語を聞きかじって知った気になり、満足する人が多く、コスモバイオロジーはなかなか理解されないそうだ。わたしは占星術の実体に踏み込めば踏み込むほど、占星術にはなにか、見えざる「弾圧」がかかっている気がしてならない。

 確かに、コスモバイオロジーのともしびは今、確実に弱っている。わたしはEbertin本人の息吹を感じたくて、さまざまなネット情報を収集しているが、彼のドイツ国内での評判は芳しくないものが多い。本書も、門馬が最初に翻訳したのはドイツ語版でなくて英語版である。Ebertinは、ドイツではあまり評価されずに、自由で伝統に縛られないアメリカ人に受けた。だから今、ハーフサム・ミッドポイント、コスモバイオロジーの本流は、アメリカなのかも知れない。

 だからこそ、みなさんに本書をじっくり読んでいただきたいのだ。占星術はどうあるべきなのか。Ebertonや、彼の協力者たちが努力してきたように、「星の影響」を信じ、科学的であろうとすることが、占星術にとって間違えていることなのか、それとも、大衆世俗占星術や、一部の古典信奉者のように、小難しい専門用語や根拠のほとんどなさそうな概念を偉そうに語り、この学問に参入したい人々を煙に巻くことこそが正しいのか。

 そしてわたしは今、「占星術」と、「コスモバイオロジー」を明確に分けて、コスモバイオロジーはコスモバイオロジーとして研究活動をするべきではないかと感じている。Ebertinや、Ebertinを導いてきた、本書導入部に登場する医師たちも、ここについては問題意識を持っていた。彼らは自分たちを「占星術」とは言っていなかった。やはり「コスモバイオロジーだ」と打ち出していた。だが、古典占星術への疑問、挑戦、批判の中から「コスモバイオロジー」は生まれたので、Ebertinも「古典占星術」と「コスモバイオロジー」が、まったくの別物だということを、本人そのものが理解できていないふしが多々みられる。用語が入り混じり、本書「 The combination of stella influences 」によって、Ebertinはハウスやサインを捨てたと、古典占星術師には揶揄されていたりするが、しかし実は、古典の権化であるサイン・ハウスについても、彼はそれらを科学的アプローチにできないかと悪戦苦闘していた。

 つまりは、肝心なことは、占星術の空想自由連想の主成分、その多くの源であるサイン・ハウスについて、「これは本当はどのような自然科学の象徴なのか?」という、哲学にかかってくるのである。

あとがき 06

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